身近な人に言われて印象に残った言葉を記録します。
自分なりの解釈、妄想です。
ライティング講座の先生から
楽しんでいる人には、勝てない。
どうすればいいか悩んだときに。
ABCと選択肢が浮かんで、そこから絞っていくとき、選択肢の差別化ができていても、どれを選んでいいか悩んでしまうときがあります。
先人に相談したり、情報収集し続けるうちに、兆しが見えてきます。それは、正解を見つけた感覚ではなく、差別化されたものに意味づけされていく感覚です。
視点の数が増えたことで、視野が広がりますよね。このワクワク感を得るために、人は行動するのだと思います。いわゆる口だけの専門家スタンスの人って、一方の視点の話をずっとしています。そこから話が動かない。自分が実践しようとも思わないのは、視野を広げようと思わないからですよね。相手に受け入れてもらって動いてもらう、というスタンスなので、議論は拮抗するばかり。自分は動かない。相手が動くことも許さない。こうやって、誰も行動しない環境を作り上げてしまいます。行動がなければ現状は変わらず、その状態でモチベーションを保ち続けるのは、難しいことのように感じます。そして、続かないと勝てない、ってもそうかなと。
行動しないのは、自分の持つ正解がひっくり返るのが怖いからかもしれません。チ。のピャスト伯も泣いてじゃないですか。あれは人生賭けた研究の話でしたけど、これはその、時間短い版…みたいな。もしかしたら、人生賭けた話なのかな。数学のような真理ではなく、現実に起きる正解とは、一時的なものであるはずです。なぜなら、現実は空間や時間軸を越えないから。正解を出そうとする意識が悪なのではなく、それはひっくり返る性質があることを、前提として持っておくべきなのかもしれません。ひっくり返るというのは、視野が広がるということ、広がったら試したくなるじゃん!ぜってー負けねえ、みたいなこのワクワク感。好奇心が生まれるサイクルなんじゃないかなあ。
悩んだ先にあるのは、正解ではなく、楽しみである。それが勝つコツであるというのは、なんだか理屈を感じて、納得してしまうなと思いました。
ベテラン社員から
人は、裾野の仕事ばかりやりがち。気づくと、すべてが後手後手になってる。
裾野の仕事をしながらも、先手を取れるタイミングは狙わなあかんで。その視点は持っときや。
周りの声が強くて、いやになりそうなときに。
バックオフィス部門の社員の方で、フロント部門の後処理に追われたり、自分たちの意向だけで、あぁしてこうしてって好き勝手言われがちとのことで…。そんなことが続くと、一つひとつ向き合う気も失せて、言われた通りにすればいいんでしょ、という気持ちになってしまうのは、わかる気がします。
後手にならざるを得ない場面は多いけど、その中で、先手を打てるところを見極める意識を無くしてはいけないなと、メウロコでした。
『イシューからはじめよ』の「脱・犬の道(大量の仕事をこなして、イシュー度を高めるのではなく、自分の目と耳と頭を頼りにして、イシュー度の高いものを見極める)」の話と似てるなと思いました。
じゃあ、どうやったら見極められるのかというと、食べたことのないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからないと書いてありました。経験を一つひとつ繰り返し、身につけていく以外の方法はないのだそうです。だから、考えてほしいと書いてありました。







