ちえちゃんとただ3日過ごした話

あと1時間で2月が終わります。2月早すぎです。時間がないので日記を書いていこうと思います。

金曜日に会社の方のインターンがありました。(ブログを書きながら、2月のW目標達成できただろうか、と思えるくらいには慣れました。)シフトは10時から19時まで。水曜以外は在宅なので、最近は案件報告会の準備などで20時とか21時くらいまで仕事することが多いのですが、その日はヒマラボが19時半からあったので、19時半に日報を書いて退勤。その後ヒマラボにて、「孤独」という感情についてと、「鬼」についての発表を聞きました。とてもおもしろく、Twitterに感想を書きながら拝聴。たまにお話もさせて頂きました。道林さんや池田さんはほぼ毎回発表されています。時間の管理が素晴らしいのだろうと思います。学び続けていらっしゃるその姿勢は、まさに理想の社会人そのものです。22時前くらいに終了し、その後、好きなブランドの新作発表があったので、Tシャツとラグランを購入し、KATインターンの成果発表会に参加できなかったメンバー(ちえちゃん)に発表会の情報共有をしました。ちえちゃんはKAT内の阿部さんの案件を一緒にやっていて、ちょうどそちらも完了したのでそちらのふりかえりの話もしました。私なりの、みさとちゃんとちえちゃんの分析結果も話しました。ちえちゃんは次の日検定があったのですが、検定いやだ〜となっていました。天神であるそうなので会いに行くことになりました。雑談が広がりに広がり、気づけば朝の5時まで電話していました。深夜はツボが浅くなってなんでもおもしろく感じます。

ちえちゃんは金曜日ゆっくり過ごしていたらしく、5時なのにずっと元気で、私が11時半に天神駅にいるなんて無理だと言っても絶対に譲りませんでした。なので、集合時間を12時にしてもらって合流しました。昼食はパスタとピザでした。お客さんが少なかったため1時間半もそのお店で話していました。ちえちゃんは私のパスタも食べてくれました。ちえちゃんは私より寝ていないのに元気でした。この日の一番の目的は、古着屋に行って、今まで着たことのないような服を買うことでした (ちえちゃんが)。その理由はちえちゃんがいいって言ったら追記しようと思います。(ここがいちばんおもしろいんですけど。)私が行っている古着屋は一軒しかないのでそこに行って、ちえちゃんは1940年代のスイスの軍服を、私はラルフローレンのシャツを買いました。その後、家の近くまで戻りカフェに入り、そこではちえちゃんの別の案件の話をしました。ちえちゃんの自転車を大学まで取りに行って、なぜか明日も会うことになり、昼はビーフシチューを、夜は餃子をつくることになりました。

日曜日、本当に今日も遊ぶのだろうかと半信半疑のまま家を出ました。集合場所にちえちゃんはいて、材料を買ってちえちゃんの家に行きました。みさとちゃんに電話をして誘いましたが、面接とESの締切と洗濯があるらしく叶いませんでした。MTGや発表会にて、ZOOMやjisti meetで会っていましたが、電話だとなんか声が違って感じました。友達のみさとちゃんという感じがしました。電話を切って、阿部さんの案件の話になり、私とちえちゃんは仕事と遊ぶ時とで立場(お世話する人?)が逆になるのが不思議だね、という話になりました。みさとちゃんはあんまり変わらないねという話にもなりました。餃子をつくっていると、餃子の皮が足りず、スーパーに買いに戻りました。ちえちゃんは仕事とその連絡をしつつ、餃子を食べたら一緒にブログを書こうと言いました。結局、餃子は山のようにできて、半分でお腹いっぱいになりました。その後ちえちゃんは爆睡しています。洗い物も既に終えたので、そろそろ帰ろうと思います。

今日は謎のブログになりました。こういう日記は久々に書いたので新鮮でした。はやくKATの成果発表会についてのふりかえりを書きたいと思います。ああ3月になっちゃった。毎月の連続更新が途絶えてしまった・・・。今回の学びはなんだろうと考えていたら・・・。今回の学びは「ふりかえりは計画的に」に決定です。

経験から学びたい

今月ブログを書いていなかったので書いていきます。ブログ開始時は、最低でも毎月1記事は書こう〜とか生意気に思っていましたが、ギリギリになっています。インターン先で出勤日は必ず日報を書くので書いた気になっていた、という言い訳はやめにして早速書いていきます。

2020年をふりかえろうかなと思ったのですが、書いていたら2月になってしまいそうなので、最近の経験をふりかえって何を学んだのか整理していきたいと思います。

 今回のブログはKATでの学びを記録していきます。2020年の下半期からHP作成の案件に参加しています。1つは終了し、その直後にはじまったものにまた参加し、現在進行中です。私は進行中の案件を1つ目の案件とつなげながら参加していたので、一連の体験と言ってもいいかもしれません。今回は、主に進行中の案件をベースにふりかえっていきます。進行中の案件の参加メンバーが前回とほぼ同じだった(一人抜けただけ)というのが今回の特徴かなと思います。なので、進め方も、1つ目の案件のやり方を引き続きやっていたように感じます。ミーティングまでに宿題があって、ミーティングに持ち寄ってどれがいいか選ぶ、みたいな感じです。違ったところといえば、案件のなんとなくの代表じゃないですけど連絡役のメンバーが変わったことですが、この二人が初動から進め方の基盤を作ってくれていたなと思います。

そんな中私は何をやっていたのかというと、二人の言動を見て、それを踏まえて考えて発していました。というのも、二人は表面化された価値観や行動が似ている(音楽の趣味とかが一緒で共通言語が多い)ので、とりあえず二人について行って、二人が言っていること(ここはさすがに違っていたけれど)を踏まえて、こうすればもっとよくできるんじゃない?とかをコメントや意見として返していました。私が気になっていることは、提出するときメンバーがどんな気持ちか、完了後にクライアントの方やメンバー(もちろん自分を含めて)が提供したものより多くのものを得られるかなので、ロジックを大事にできていればそれでいいと思っています。(自己満足では自分しか満たすことができないので)

今回の私の壁だったのが、それだったらこうなるからこうした方がいいんじゃない?と言っても、単純に信頼されてないので即却下されることでした。前回の案件から、常に二者択一という考え方が根付いているので、よくわかります。なので、そうだよねと返して勝手に作っちゃって、しれっとそりゃそうするよねというところまで持っていったりしていました。前回と同じままになってしまうという心理的安全性から自分の意見を伝えるんだけど、伝わらないがために伝えるのを諦めてしまっていたのですが、心理的安全性から自分で行動して形にしたものを開示してみたら、こうした方がいいんじゃないかと思っていることが口に出さなくても全体の流れとして自然なものになっているというような感じです。(オンラインだからできたことかもしれません。)なので、変にみんなで1つのことをやらなくてよくて、それぞれ大事にしていることや好きなことがあるのだから、そこはお互い信頼し合ってタスクを振り分けることで不毛な衝突を避けられると感じました。私の中の不毛な衝突というのは、誰かが間違っているとかそういうことじゃなくてそれぞれが自分の中で捉えている問いが違うがために答えがずれたことによる衝突のことです。ある人は目的の話をしていて、ある人はそれを踏まえた手段の話をしているがそれが伝わらず、それはあなたがやりたいことでしょ!やるべきこと(目的)はこうだよ、というようなことが何度も・・・相手が認められないが故にあれやこれやと自分の話をして、まあ話がまとまらないわけです。この場合、結論をまとめるには誰かが相手を信頼し尊重する、あるいは折れるしかありません。私は前回そうしましたが、ふりかえってみると、信頼はできていなかった(尊重するよと言った)気がします。そのため、その後の進捗をどこか俯瞰で見ていて、だからこそ浮かんだ疑問点や改善点があったのですが、投げかけても無駄な時間と捉えられるだろうと伝えようとはしませんでした。前回の案件で気づいたことは、いくら自分のデータで説明しても相手に納得してもらえず、討論(討論ですらないかもしれません)になってしまうために不毛な衝突が起きることで、今回の途中で気づいたことは、口先では信頼は得られないので考えは即否定される。もっとよくするためにはわざわざこうやりたいと伝えようとせずに、勝手にやった方が結果的に実現しているということです。(二者択一の二者に、より選択肢として有効なものが残る感じです。)ここやりたいんで一人でやるのでやってきていい?と申告して承諾を得たら、私もやりたいというメンバーとじゃあここはまた予定立てよう、と具体性を高め、あのタスクはこのタスクの前にあると進めやすくなりそうだからここに組み込もうか、と言ってつなげて組み立てていく。こうやってタスクを分けていきました。このときに、タスク分けて進めようよ!と投げかけてはいけないわけです。意図や背景が伝わらずに討論になってしまい、実際にタスクを分け始めるまでに3、40分間かかる、あるいはタスク分けできないというはめになってしまいます。こうやって文章化して記録すると恥を晒しているようなものですが、学びがあったのでよしとします。考えてみると、相手を認められてないから自分が否定されたと感じるのかもしれませんね。批判的思考はよりよい方向へ進むためには必要なものですが、丁寧にやらないと自分も相手も否定とごっちゃになってしまい、結果的に相手を意固地にさせ、本来の意図とは反する方向へ進んでしまうなと思いました。あ、だから管理って必要なんだっけ。

うまれた問いは、信頼と承認の違いってなんだろう?どこでつながってるんだろう?です。心理的安全性とつながってきそうですね。信頼は得るのが難しく、承認はSNSなどで簡単に満たされるというイメージがありますが、なんなんでしょうね。承認は欲求ですが、信頼はなんなんでしょうか。インターン先の効率の鬼に、存在承認・行動承認・結果承認という話を教えていただいてそこからつながってきました。効率の鬼は博識なんです。

抽象的な話はこれくらいにして具体的な話だと、純粋にサイト作り楽しいなと思いました。メンバーが返してくれた「ちょっとわかるのが楽しいんだろうね」という言葉がしっくりきています。こういう感じでちょっとしたことも一緒に考えてくれるんだなと思う瞬間があるし、個人的で小さい問題点も投げると反応してくれて、おかげでトラブルシューティングが楽しいです。逆に、相手から投げかけられたものは諦めたくなくなります。自分のサイトも作りたくなってくるので、クライアントの方のことをもっと考えるようになったりして、モチベーション落ちにくいなと思いました。

納期まであと約2週間。引き続き頑張っていきたいです。

卒論何書こうかな・・・

旅人から学ぶWS企画2

旅回が無事終了しましたので、振り返っていきたいと思います。

今回のブログは主に企画や司会進行における振り返りです。

 

これが今回の企画の概要になります。

 

計画段階の振り返りはこっちです。

 

1日目 

まず、1日目を終えての振り返りです。

こちらは企画の2人だけ集まって、嶋田さんや参加者とオンラインで繋げての開催でした。終わってすぐの感想として、ももちゃんとすごいスムーズにいったね・・・と話していました。というのも、私たち2人はオンライン開催というところに不安を感じていたからです。なので、割と細かく設計していたのですが、それにしてもスムーズだったなという感じでした。

まず感じたのは、意外とオンラインってやりやすい!でした。(前提として、参加者が知っている人(ゼミ生)で最後まで協力的な人たちだったというのがありますが。)オンラインだと、企画2人のこそこそ話というか意思疎通がやりやすく、確認がスピーディーかつ、しっかりできました。グループワークのとき質問があれば、その部屋にすぐ飛んで行けるし、スライド書きながら進めてくれたら参加者の行動が可視化されるので、進行の調整や準備ができます。あと、終了後参加者が退出しにくい問題も、一回全員(企画側も含め)退出して、質問がある人やまだ話したい人はまた戻ってきてくださいという形をとったので、大分解消されたかなと思います。もっと知りたいと感じているのか、もうお腹いっぱいだと感じているのかが見分られなくて、帰っていいですよというと帰れって言ってるみたいだし、話したい人残ってくださいというと帰りにくくしてるみたいで、ここら辺はどう伝えるか、どうしたら圧をかからないか事前に考えておけたら後から後悔しなくて済むなと思いました。(これは2日間通して感じました。)

 

ちなみに、1日目の問いの背景に考えていたのは、問1は、旅とは何か?問2は、人はなぜ旅をするのか?でした。 

 

2日目 

 次に、2日目を終えての振り返りです。

まず2日目を終えて直後のミーティングで話して、WS設計チェックリスト(?)ができたので、まとめておきます。

  • 全員で話すより、グループに分けてワークの方が○(共有も○)
  • 時間を細かく決めることで、急迫性を出す
  • 企画の意図は繋がりが見えるように伝える
  • だけど、言い過ぎない
  • 参加者の興味がまばらな場合、グループ分けは考えるべき(共有も○)
  • 先生と誰か他の人の具体例が出ると、自分ごととして考えやすい
  • 参加者は動いていた方が○(=運営は動かない方が○)

旅回の特徴として、ほぼ先生の経験(具体例)からの学びだということがあげられました。何か理論から学ぶわけではないので、参加者が意識して取り組んでいないと持ち帰るものがなかったのかもしれないなと、話していて感じました。そういう意味では、WSは難しかっただろうなと反省です。(ですが、これもやってみて気づいたことなのでなんとも言えませんが・・・)私自身、前回のブログを書いているときにいちばん学びを感じました。

なので、旅回をよりよい経験にするには、抽象化する機会が必要だと話し合い、開催後のアンケートをなくし、急遽、ふりかえりシート(旅回を通して得た引き出しと、過去の経験がつながったところはどこか?と、旅回を通して得た引き出しは、今後どういう風に活用できるか?)を配布しました。これによって、ほぼ強制的にふりかえるようにし、嶋田さんにもフィードバックとしてお渡ししました。企画側へのフィードバックにもなりましたし、前年度までのブログの役割を担ってくれました。

 

私のふりかえり

私個人のふりかえりとしては、何かを作ろうとするときに、無意識に伝えることを諦めているなと感じました。心理的安全性から1回は話すんですけど、その反応を見て、瞬間的に、あ、伝わらないなと感じると、私が細かすぎるんかなと思い、とりあえずそれでやってみようかという方向に自分の中でシフトします。それをプロジェクトで何度かやってきて、今回の旅回で、やっぱり押すべきやな、と感じました。押すというか、そこまでいってなくて、自分の考えを最後まで伝えるべきだなと思いました。ももちゃんにそれを伝えると、私がその話となぜ繋がったのかという背景が、周りの人に伝わる前に私が納得するので、そこが伝われば話していることの意味がわかるのに、と教えてくれました。そして、私は今までの経験から、自分の聞きたいことを問いというわかりやすい(相手が答えやすい)一文にまとめるのが上手くなってる(良くも悪くも)んだと思う、とフィードバックをくれました。今回は、伝えるのを諦めてしまっている箇所ほど設計が甘さがアウトプットに繋がっていて、お互いの企画意図や内容、そもそも教養をどう捉えてる?など伝えるのが難しいところは、時間が経つにつれ、すり合わせて2人で共有できていたので、もっといい時間が作れたのになあ、と反省点がわかりやすく見えた回でした。

そして、ふりかって印象的な気づきだったのは、浮かんだことは質問しておいた方がいいということです。これ自体は、古典を学んだときに経験として学んだんですけど、そのロジック(?)として、旅回で学んだ計画的偶発性が繋がりました。どういうことかというと、そのときはパッと浮かんだというだけで意図が見えていなくても、可視化できていないだけで自分の中にちゃんと文脈はもっているという気づきがありました。いつか見えるように記録しておくと、見えるようになるものだと思います。

それと、KATインターンの上司から教えてもらった「2度言わせない」。これはその通りだなと思いました。これは旅回だけじゃなくて、別のプロジェクトと合わせても感じていました。

なので、私が次回以降気をつけていくことは、「伝えることを諦めない」と「2度言わせない」です。限定合理性という壁にぶち当たっております。

旅とは?

今回のブログは、旅回ワークショップを受けて学んだことを記録していきたいと思います。

企画もしましたが、今回はその場に集まったみんなの話からの学びを書いていきます。

 

1日目

1日目は、嶋田さんの講演と問いを投げてのグループワーク、共有とフィードバックを行いました。主なテーマは、旅人とその思考を知るです。

まず、嶋田さんの旅歴のお話しがありました。スライドに年齢とそのとき行った旅先のグラフがのっていたんですけど、年齢の軸の端が35歳でした。嶋田さんって今35歳くらいでもうすでに社会貢献というか若者のチャレンジを後押しするように動いてらっしゃっていてすごいなと思いました。旅人(嶋田さん)ってやっぱり違うんだというか、器の大きさみたいなものを感じました。旅って、行動によって自分を磨いていくっていうイメージなんですけど、嶋田さんはそこに終わらず、それを他者につないでいくっていう行動をされているところに大きさを感じました。

嶋田さんのはじめの旅のきっかけは、自分にとって〇〇(嶋田さんにとっては英語)がない人生は無いなと思ったからだそうです。人生を考えるいい問いだなと思いました。嶋田さんのメッセージとして、それが思い浮かんだらすぐに行動するといいよっていうメッセージを感じました。

そして、長期の旅にいこうと思ったきっかけは、豊かさとは何か?という問いがあったからだそうです。海外に旅をして、自分の価値軸とは違う軸で生きている人がいて、「豊かさ」の軸に揺さぶりがかかったそうです。ここで思ったのは、旅に行くこととそこで暮らすの違いってなんだろう?です。例えば、旅に行ってそこにどれくらいとどまるかは自分で決められるわけで、ここに旅に行きたい!っていうのと、ここに住みたい!っていうのは違うなと思いました。嶋田さんは旅の次の目的地は何をもって決まっていたんでしょうか・・・。聞いてみようと思います。

すごくキャッチーで面白かったのは、嶋田さんが足を骨折された際、ずっと家の近くの同じところでリハビリするのはつまらないから、ヨーロッパに歩きに行ったというお話しです。それでヨーロッパを回ってこられたそうです。物は考えようとはよく言ったものですが、本当そうだなと思いました。まさに旅人の思考だなといった感じです。

いちばん印象的だったのは、違う国には、違う土地や日常があるという言葉です。それを踏まえて、日常ってなんだろうなと考えたときに思ったのは、流れとか文脈でした。自分の知らないそれを、自分で足を運んで調達することで、それは私のセンスに繋がって、私のアイデンティティになっていくという考え方は、企画の時にあがっていた教養とはなんなのか?の答えと近いなと思いました。

 

旅人からのメッセージ

嶋田さんが旅と聞いて繋がった言葉
  • 人生
  • 非日常
  • 学び
  • 出会い
  • 対話
  • 探究
  • 好奇心
  • お金
  • 移動
  • 芸術
  • 未知

だそうです。盛り沢山ですね。

 

旅が教えること
  • 自分ができること、できないことを体感する
  • 日常とは異なる環境を知り、今いる環境に感謝する
  • 移民や人口減少の現場をみて、自分の頭で考えられる
  • 経済規模の大きさと幸福度は比例しない
  • 世界中の人々は優しい(ごく一部除く)

この話の時に嶋田さんがおっしゃったのは、「わたしたちは普段、できることの中に生きている」でした。これがひっかかってたんですけど、2日目につながった話があったので、書いておきます。

以前、育児と仕事を両立させるお母さんの話を聞くみたいなイベントに行った時、あるお母さんが毎朝筋トレをやると言っていたのを思い出しました。それは、筋トレをすることでその日の体調がいいか悪いかがわかるからということで、いろんな自己管理があるんだなと思いました。それも自分を知るっていうことだと思っていたのですが、これって毎日やることで決まった判断軸ができてきて、それによって判断している感じです。本来できることをやって、条件分岐するといったように。これってロボットみたいだと思いました。だけど、AIは学習してるから、そうだAIって人工知能って言うんだったとなり、人間がより何かをできるようになるには、(AIみたいに)理想の状態よりできないことをできないなりにやって、サイクルを回していくしかないのかなと思いました。つまり、旅の中に学びがあるというよりか、嶋田さんのおっしゃっている旅、そのものが学習みたいだなと思いました。旅の考え方を活用することで、よりおもしろい学習をすることができそうです。

 

旅が育てるもの
  • 受け身ではない、自分主導で行動する力
  • 未知の状況を不要に恐れず、自分で切り拓く気持ち
  • 段取力とハプニング対応力
  • 自己責任と管理する力(お金・時間・意思)
  • 画一的ではない価値観と人や生き方に対する寛容さ

どれも魅力的な能力です。これらを旅によって身に付けた人って、温かそうなイメージがあります。これが所謂、人間力というやつなんでしょうか。

 

旅をする上で、その足し算はどんなことを呼ぶのか?

「今の自分が知らない新たな出会い」

(その時思ったことを行動することで、以前とは違う自分との出会いがあり、今まで違う思考になる。)

 これはなぜか確かに、と思いました。今だってそうだなと思います。ということは、私は知らぬ間に旅をしていたんだと思います。身近なところにも学びの機会はあって、やっぱり大事なのは、その場に足を運ぶことだなと思いました。

 

グループワーク

グループワークでのメモはこんな感じでした。

こちらのミスでアクセス権限をいじり忘れたので、私が共有を聞きながら追いつく限りメモしたものです。同じ問いでも話の繋がり方はチームそれぞれでした。タイピングに一生懸命であまり話を聞けなかったのが残念でした。

 

2日目

こちらは対話形式だったので、切り口ごとにまとめていきたいと思います。

画像を見ながら振り返っていきます。

付箋は、ピンクが浮かんだ問い、黄色がそれ以外、青が嶋田さんの言葉になります。おおよそ、文脈に沿ってつなげています。

その場に足を運ぶ意味とは?

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特に気づきがあったのは、左上にある「五感」の話です。

まず背景として、その場に足を運ぶ意味とは?という問いが浮かんだのは、以下のイベントに参加したときです。

 このブログ内にその問いを書いていて、ずっと引っかかっていました。

それで別のイベントに参加した際、テーマが似ていたので、そこでその問いを共有してみました。

こっちのブログにも書いてますが、そこで出てきたのが、まさに「五感」だったのです。それで、なんかわかるような気はするんですけど、自分で文脈をつくって説明するまではわからず、モヤモヤしていました。

なので、嶋田さんの五感に関する考えと、それに対する五感と付箋に書いてくれたなえちゃんの言葉の中でまたひっかかったものができました。それは、まず嶋田さんが実際に経験した人としてない人では話し方からして全然違う。自信がない感じがすると仰って、それに対してなえちゃんが、自分も就活の面談の練習をしたとき、吹奏楽部の話をしたときだけ自信があるのが伝わってきましたと言われたのを思い出した。実際にやってみたということが自信に繋がるのはわかると話してくれました。

なるほど!なんかわかる気がする・・・と思い、じゃあ、五感で感じたことを経験と呼ぶのかな、五感で感じるって何?となりました。

おもしろいのに、言語化できずモヤモヤしていましたのですが、ブログを書いているとハッとして、それ私知ってる!と思い出しました。

それは、ゼミ面談の最終日に飛田先生に会いに行ったことです。本当なんでつながらなかったんだろう・・・と思うくらい、自分が揺さぶられて思考や行動が変わった体験でした。

まさに、1日目に聞いた通りで、今までとは違う自分になる原体験です。これを当てはめて考えてみると、「実際に足を運んで得た体験でないと、原体験になりにくいのではないか」という仮説が立ちます。足を運ばなかった体験を足を運んでみた体験と比べると、原体験まではいかず(そこまで響かないという意味)、経験で終わってしまうことが多いんじゃないかなと思いました。経験ってなんでも「よい経験だった」って言えるよなと思って、なんかひっかかってたんです。

なぜ、私が「五感」にひっかかって、わかる気はするんだけど納得までいかなかったのかわからなかったのですが、五感を通して感じるのは「私」であるというところに気づくと、あぁー、なるほど!やっと繋がってきた、となりました。五感で感じるものが薄いと、「私」まではなかなか届かないよなと思いました。

 それにしても、なぜ今までつながらなかったのか・・・。ちゃんともっていたはずなのに、見えなくなってしまっていたのでしょうか。過去の体験を振り返れた、とてもいいきっかけでした。ひとつの体験の時間軸がまた伸びました。これがいいのか悪いのかわかりませんが、個人的には、今引き出しから出てきたことで、体験の満足度が上がった気がします。

 

うまれたモヤモヤ

五感で感じる上でのポイントって、埋没感みたいなもの?その間は「私」という雑念が消える感じ。

映画って、足を運んでるとは違うような。映画によるかもだけど、埋没感はあると思う。映画を通して、何を見てるんだろう。何を見てる(見たい)か無意識に判断してて、だから集中できるんだろうか。(雑念が消える)

ずっと見てられる景色とすぐ飽きちゃう景色の違いもそういうことかな。日常的すぎると風景を景色とは感じないから、埋没感とはちょっとニュアンス違うのかも。「日常とは違う」っていうのが、今のところいちばんしっくりくる。

人は偏見から抜け出せないのかもしれないけど、実際に動いてみて五感で感じることでそれに揺さぶりがかかることがあると思う。

聞いてみたかった付箋:「写真だけでは伝わらないものがある」「独特の圧」

 

教養としての旅とは?旅学とは?

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1日目の旅が教えるもののところに書いてある話は、この切り口のときに出てきました。

1枚目の左下に「自分で作り出すイメージ。自分で自身を開拓していく」の付箋のように、ひとつひとつのアクションを自分で判断していくのが旅であると、旅回を通して嶋田さんから学んできました。旅をして違いを見ることで、それが自然と教養になるそうです。

そして、これを2枚目の行動と軸の話につなげてみます。ここで2つのルートがあって、軸が行動を促すか、行動が軸をつくるかです。軸を「考え」として捉えてみると、これって、前ゼミで習ったW型問題解決モデルに似てるなと思いました。

今度は軸を「私」として捉えてみると、仮面を通した「私」が行動をして、そこで学んだことが「私」に足し算されていって「私」の幅が変化していくというイメージが浮かびました。どういうことかというと、私の場合、例えば、大学の友達と話す時の自分と昔からの友達といるときの自分は違うし、場を例にしてみても、ゼミとインターンとでは違うと認識しています。何が違うかと言うと、そのままですがペルソナというか、何をどこまでどんな風に伝えようとするかとか、やってみようとするかとか、「私」の中で自然と違うルートをたどっていると思います。なぜそう思ったのかと言うと、浮かんでくる言葉が違うからです。だから、きっと旅をすると、旅先の自分と日常を過ごしている自分は違ってくるだろうと思いました。私はここに旅の魅力を感じました。なぜかというと、ずっと同じことをしていると、飽きてきて、めんどくさくなって、態度が悪くなってきそうだなと思ったからです。そして、そこでの自分の価値が下がっていく感じです。以前、嶋田さんが、旅によって自分の本質が出てきて、磨かれていくと仰っていましたが、きっと旅人の思考を使うと、その悪循環は無くなっていくんじゃないかなと思いました。

2枚目の右側に、旅を通して自分が何をしたのか、何を得たのか、そこから何を学び、努力するのか、言葉にして説明できるようになっておくことが大切という付箋があります。これってブログを書く意味と一緒です。その場に足を運ぶ意味とは?でもでてきたように、やっぱり旅って学びだなと思いました。言語化して伝えたり、何かをつくって表現するということは、人にとって永遠の営みであり、課題なのかもしれません。旅とは学びのプロセスであり、言語化や形式化することで、その学びは目に見えるものになり、自分の思いが相手に伝わることを実を結ぶと呼ぶのかもしれないなと思いました。

 

うまれたモヤモヤ

アンラーニングっていつするんだろう。

 

コロナ禍での旅について

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すごい面白い切り口だなと思ったのは、「握手とかしにくくなって仲良くなりにくくなった?」という付箋です。旅において、人と触れ合うことは学びの要素であったり、楽しみのひとつだと思うので、距離感や空気感が変わったことは影響がありそうだなと思いました。

 

旅を通して、一人の時間とどう向き合うか

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これは、一人旅にひっかかっている人が数人いたのですが、付箋が少なかったので意外だったと話すと、難しい問いだったと伝えてくれました。確かにわかりにくい・・・。問いかけ方を間違ってしまい、ひっかかりのある人には申し訳ないことをしました。

ここで、前の空気感や距離感が変わったという話につながったんですけど、旅って一人の時間が多いイメージがあったんです。事前アンケートに書いてくれた話で、一人旅に行ってくると伝えると、「自分探しの旅ね!」と返ってきて、それにひっかかったという話がありました。どこか旅って自分と向き合うとか一人とかそういうイメージがありますが、旅人って現地にいる人と共存してて、一人ではないんじゃないかと思いました。例えば一人で移動していたとしても、周りとか見て楽しんでそうじゃないですか。話しかけたり、一緒にご飯食べたりして、その場にある何かを共有してそうです。「私」を感じるのはその後であって、まずは共存とか共有から始まるなと思い、メウロコでした。

 

旅の終わりとは?

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この問いもわかりにくかったなと反省してます。嶋田さんからどういう意図でつくったのと質問が来たので、嶋田さんが旅をどう捉えているのか引き出せるかと思ってつくったと伝えたら、「今までなかった体験が旅」(右側の見切れている付箋)だと話してくださいました。

全体的に旅に終わりはないのではないか?という考えが多く、「終わりではなく区切りと捉える」など、旅に対して、長期的なビジョンをもって考えていたように感じました。おもしろいなと思ったのは、下の方にある「何も求めなくなった時」です。旅は好奇心から始まるものだと学んだので、正論だなと感じました。諦めてしまう瞬間に旅って終わってしまうイメージがあったので、言語化してもらったなと思いました。

 

さいごに

このブログを書いていて、すごいつながってくる!と思いました。今までの経験であったり、ワーク内での話であったり、ブログを書いていくうちにつながりに気づいてきて、なんでそう思ったんだろうと聞きたくなりました。今回は、旅がテーマであり、講師をしてくださった嶋田さんも学校の先生ではなく、理論の話も少し出ましたが、主にご自身の経験をもとにお話をしてくださいました。個人的にはそれが新鮮で、全体を通して、先生と同じように見ようとするのでなく、自分と違うところを見ていくようなワークショップだったかなと思います。これは旅そのもののテーマと同じなので、いい体験だったなと思います。なぜか今、ちょっと旅をした気持ちになってます。点と線の話がたびたびありましたが、嶋田さんが点を適当に打つんじゃだめだとおっしゃっていて、それがなんでかわからなかったんですけど、今は、線で結ぼうとしなくては意味がないという意味だったのかなと思いました。これは持論ですが、わかるってそういうことだと思うし、おもしろさもまたそこにある気がします。

嶋田さんをはじめ、集まってくれた人たちが考えを共有してくれたおかげで、ワークショップでいろんな話が聞けたし、このブログも楽しく書けて、気づきがたくさん出てきました。ニュータイプな人であれ、と言われる理由を実感できた気がします。

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次回は、企画としてのふりかえりをしていきたいと思います。

効率の鬼に学ぶ

インターン先に、効率の鬼と言われている人がいます。

そこでは、ユーザーのインサイトを考えることが特に大事とされているのですが、その人はあまり、インサイトにこだわってはいないんだよねと話してくださいました。それを聞いて、その人が効率の鬼と言われている理由がわかったようなわからないような気がしたので、なんでそんなに効率を回すんですか?と聞いてみました。すると、買ってきた答えは「丁寧にしたいんだよね。例えば、片付いていないところがあると、片付けたくなる感じ。だから、今、考え中ですっていう状態にしたくない。だってそれって、全部の馬券を買ってるってことだから。」というものでした。え!あぁ〜、なるほど、となりました。

まず、え!ってなったのは、丁寧にしたいというところです。それって真逆じゃない?と思いました。だけど、話を聞いているうちに、サイクルを回せば回すほど、それは自然に丁寧になっていくという考えに気づいた時には、めっちゃメウロコでした。インサイトにこだわってないというのも、今ならわかる気がします。インサイトにたどり着く道が、勝手にひとつしかないと思っていた自分に気づかされました。知識の鎧ってこういうことかなと思いました。知識というか経験の鎧でしょうか。

次に、あぁ〜、なるほどと思ったのは、考え中って状態にしたくないってところです。これもはじめは、え!ってなってんですけど、それって全部に賭けてることだからって聞いたときにあぁ〜、なんかわかるかも、わかった気がすると思いました。何がわかったかというと、以前からあったモヤモヤと繋がってそれについて、それにひとつの答えが出せました。答えのない問いってなんなんだろうって思ってたんですけど、それって答えが変わるってことだと思うんです。以前だって、正解は求めなくていいっていうのもわかってたし、だけど、答えは出さなきゃいけないっていうのもわかってました。(教養祭の哲学の授業を受けてですね。)わかってたんですけど、それは頭の中の理解って感じで、理屈がわかったって感じだったんだと思います。だからそれ以上なんで?と思わなかったんです。だけど、今回の対話で、わかりやすく、そうだよな、そうしよって思えたんです。講演会の企画の体験と繋がってきて、やっぱり、手を動かしてるから進むんですよね、当たり前ですけど。(私は今まで、自分で手を動かしながら考えてやりたいことに向けて進めていくっていう体験をしっかりしたことがありませんでした。)動かさないで、こうだと思う、みたいなままだと、時間が過ぎていくだけ、延いては、相手の時間を奪っていくだけっていうのはなんかわかるかもなぁと思ったり。だから、哲学の先生が仰っていたように、やっぱり答えは出さないといけないと思います。答えを出さないといけない時って必ずあるし、というか、日頃の積み重ねから、無意識的に答えって出ている(言葉とか態度に勝手に出てくる、相手が何かを汲み取っていて、気づかないうちに出してることになってる)ものだと思うんです。だから、いくら考え中といっても答えって自分の中には出てて(この時点で答えが出てないということは、それはあくまで感想みたいなもので、考えられてはないってことかなと思います。)、それを共有するかしないかっていう話だと思うんです。そこで、大事になるのって、答えが変わることを楽しめるかどうかだなと思いました。楽しめないと、答えが出しづらくなるからです。答えが変わるってことはサイクルが回ってるってことだと思うんです。(もちろん、それを「正解」にしたいのなら、そこからもっとサイクルを回さなくてはいけないと思いますが。)それを勝手に、効率の鬼(と言われている方)の言葉とつなげると、それって丁寧にやれてるってことじゃない?と思いました。ポジティブ過ぎますかね・・・。

まあ、まとめると、効率の鬼曰く、丁寧に仕事をしたいのなら、たくさんサイクルを回す方が早いよ、ってことです。

旅人から学ぶWS企画

嶋田さんに依頼書を送ったのは12:59。その10分後、快諾のご連絡をいただきました。21時から1時間、3人でミーティングを行い、その後2時間半、ももちゃんと喋り続けていました。

今日は、溜まった課題を早く終わらせてずっとアニメを見てようと決めていたのですが、興奮冷めやらず、ブログを書いています。

 

 

▷今日までの話

第1回目の企画を教養で進めることになった背景

まず初めの分岐点は、テーマは仕事か教養かでした。これは1回目(25日)に出た案で、翌週の2日には教養に振り切ることになりました。ここに至った経緯には、25日企画チームの活動全体としてのテーマを考えようとなったとき、「考え方の幅を広げ、人生に活かそう!」というのが出たことにあります。このときは、あまり深く考えず出た案でした。話を聞くってそういうことじゃないのといった感じで軽く出てきたものだったのですが、2回目に話したとき、考え方の幅を広げ、人生に活かせた経験ってみんなあるのかな?という話になりました。「教養を使ったことがあるのだろうか」といった感じです。私はどうだろうと考えると、池田さんとしている対話と前期の教養科目のレポートを思い出しました。古典と哲学を学び、いちばん面白かったのはそれらの時間だったと思いました。そして、何か考えてると「差別感情」と「ことば」(書く)についての考えたことが勝手に繋がってくるようになっていました。そして、これとまた繋がったのは情報産業論で聞いた「道具」についての話です。この講義で、「道具とは実態を持った知識であり、知識における問題との接合部がなくなったものは道具ではないのである。」といった話を思い出し、これって教養のことじゃないか!と思ったことがあったのです。これを思ったのも倫理学Aのレポート書いたあとなんですけど、私が教養を企画として取り上げたいと思ったわけがやっとわかった気がしました。仕事についての話も教養についての話もどちらも人生の話。そして、仕事についての知識は時とともに使わなくなってゆくけれど(新しい知識に塗り変わるため)、教養は自分で考え蓄えていくことでそれが「私」となる。教養は長い目を見て蓄えるもの。これから社会人になって何十年も生きていく中で、どこかの何かと繋がっていってそれらを感じたときに「豊か」だって思える日がくるのではないか。それをももかちゃんに伝えると、ももかちゃんは私のこういうよくわからない話を誠実に聞いてくれて、受け入れてくれました。(なんかもう、半分諦めだったのかもしれません。)だから、ももかちゃんの学びになっているか(面白いと感じているか)はずっと大事にしようと思いました。私がももかちゃんにできる(したい)貢献はこれです。このチームは2人なので、私の親密性という強みを活かしまくりたいと思います。

何度もなんで教養やるんだっけ?となるのですが、今日出てきた「参加してくれたことでモヤモヤが生まれたら成功と言えると思う」というスタンスでやっていこうと思いました。教養祭開催です。

 

旅に決まった背景

まずはじめに、教養なら何する?となったときに2人とも旅と一致しました。主な理由としては、旅って教養なの?音楽も教養なの?音楽ってわからなすぎるけど、旅ってわかりそうで説明できんな、モヤモヤする・・・。教養としての旅って何?なんか旅って仕事と反対のとこにある気がするなあ、コロナ禍に伴ってどうなったんやろ?旅人が考えるその場に足を運ぶ意味めっちゃ聞きたい。旅って足し算っぽい、足し算って結果的にどんなこと呼び起こすんだろ。旅って一人の時間大事な気がするなあ、使い道の考え方知りたいな。旅の終わりってなんだろ?答えのない問いってそういうことかな・・・などと疑問が疑問を呼び、このモヤモヤぶつけたい!となった感じです。旅行はほとんどの人が体験したことがあると思います。ひっかかりがあるゼミ生もいるのではないか、これって就活や仕事観とのつながりが見えるから興味出るんじゃないかな、アンケートでいろんな人の話が聞きたいと書いた人にはいいんじゃないかな?という話になりました。

 

教養って何?

3回目(9日)の時間で言語化することができた問いです。その日は企画書と依頼書のブラッシュアップを行っていたのですが、この企画の目的である「教養を学ぶ」ってなんだ?という話になりました。なんだか教養を学びたいという言葉が、なんだか薄っぺらく見えたのです。教養を学びたいと言って、学べるものなのか教養は。といったように。考えた結果、私たちの考える教養を学ぶとは、「誰かの教養を自分の中に落とし込むことによって、自分の教養を考える」となりました。より多くの教養と呼ばれるものに触れ、その中から好きなように取捨選択をしてください。教養とは、私の中にいるもう一人の「私」なのです。

 

 

▷今日の話

嶋田さんとのミーティング

なんかもう痺れました。企画内容は書けないので、なんて眩しいんだと思った言葉を載せておきます。

「連絡取り合って12時間も経ってない」

「昨年のお話から今回の話(オファー)に繋がって嬉しい限り」

「旅がテーマだから一度はオフラインやりたい」

「明日〇〇行くから、〇〇で旅しながらやってもいいね」

「高校の先輩から、若い世代へ貢献する価値観を学んだ。今それ(貢献すること自体)が活力になってる」

「嫌だった経験から、自分の本質が出てきて自分が磨かれていく」

「チャレンジする若者にはどんどん協力している」

「(旅に決まった背景に載せた問いを見せて)全部おもしろい、全部話せる」

「学びのないことなどない」

きっと私の目もキラキラしていたと思います。

 

ももかちゃんとのミーティング

嶋田さんとのミーティングを終え、いちばんどうしようか?となったのが、オフラインでやるか否かでした。それまでの企画の段階では、オンデマンド型で考えていたのですが、旅がテーマなのに一人で動画撮ってもらうとか無いわ!と私はひっくり返りました。寄り道こそ醍醐味だ!みたいな。とんでもない揺さぶりでした。(オンデマンド型最高やな!とか言ってたのが今やもう懐かしい。)オンデマンド型ではこちらで時間の調整がある程度できるため、1日完結を予定していたのですが、変更に伴い、2日かけての開催にしようとなりました。

ただここで考えなくてはならないのは、空気感問題です。嶋田さんも参加者もいい時間を過ごせるように配慮したい。オンデマンド型にしようとしたのもそういったことが理由でした。今回のメインとして考えているのは、旅についての問いを嶋田さん(今までずっと旅をされてきて、旅から学び続けてきた方)と一緒に考えること。ですが、まず嶋田さんがどんな人なのか、参加者に知ってもらわないと嶋田さんも語るに語れません。私たちの懸念は、オンライン開催だと手軽に参加できるし都合は良いのだけれど、長時間の話を聞くとなると、参加者は何か話を聞く目的のようなものを感じてもらわないと、聞く気がなくなってしまうのではないかということです。ももかちゃんが言ってくれたのですが、私もテーマのない感じの雑談は苦手なので、確かに!と思いました。この懸念に至った背景は、ももかちゃんが、すごく興味があるわけではなく参加してくれた人が、2日目に興味を持ってくれるようになってほしいと言ってくれたからです。その背景を聞くと、ももちゃん自身もそうで、考えることを共有していく講義を受けており、考えることは楽しいと気づいたからだそうです。また、教養の「道具」という考え方に共感してくれて、実際に考えてみる、使おうとしてみるというところに重点があると話してくれました。そのため、自分たちの企画(考え)を伝える以上、シーンとなるような時間ができて参加者にガッカリしてほしくないという考えでした。

なので、1日目は前期の教養祭でやったような形式で、参加しやすいようにオンライン。なんとなく参加した人にすこし背伸びしてもらうようなイメージで。2日目は提示する問いについて考え対話する時間を、話しやすいようにオフライン。モヤモヤを寄せ合って、自分の考えを深めるイメージでやろう。その場にいる人が、互いによりよい時間とするための行動を促せるように、私たちは場の運営をしていこうという考えになりました。

2日目を開催する意味として、旅や教養についてめっちゃモヤモヤしてるから話を聞くだけでは物足りない!と言ってくれたことがあります。ももかちゃんは、はじめ、教養おもしろい!という感じではなかったので、私は今日それを聞いたとき、ああ、ももかちゃんは私の話を本当に聞いてくれていたんだ、ずっと一緒に考えてくれていたんだなと実感しました。(普段も思っていたけど、本当なんだと思いました)そのとき私はモヤモヤが大事だと言われる意味がわかった気がしました。モヤモヤってエンジンです。好奇心の源です。参加者には、変な言い方ですがぜひモヤモヤして欲しいです。ももちゃんには伝えて良かった、いい時間を過ごさせてもらってありがとうと思ったし、嶋田さんにもそう思って頂けられたら最高だなと思いました。

 

 

▷おわりに

なんとなく全体的に思ったのは、あくまで目に見えるものは、本質ではなく現象であるということです。抽象的なところに落とし込むには具体的なことを見なくていけないのだなと思いました。

企画、おもしろい。大学の講義が億劫になるくらい楽しい。

今回のブログは、私の考えと今までの企画の流れの記録だけではなく、今回の講演会の広告になればと思い書きました。ありのままな背景すぎて不安ですが、一緒にいい時間をつくって欲しいと思っています。講演会チームですが、もはや講演会ではないです。ニュータイプの学びの場です。嶋田さんの言葉をお借りして呼びかけるならば、ぜひチャレンジしてください。

時間決めて試す。学びながら修正する。

2020年後期のゼミは、結果的に4つのチームに分かれることになりました。

先生から提示されたチームは、

・福岡情報ビジネスセンターとのプロジェクト(オンライン採用について)
・就活に向けてひたすら業界研究などする、何かスキル身につける
・ゼミに呼びたい人を決めて呼んで話を聞く(オンラインでOK)

でした。私は考えた結果、講演会企画のチームに参加することにしました。

 

▷なぜそのチームにした?

はじめは、みんなと就活ができたらいいなと思っていたのですが、私は知れば知るほど、どの業界にも興味が湧いてくるタイプなので混乱しそうだなと思い、別のチームにしようと思いました。次は企業とのプロジェクトにしようと思ったのですが、場を作る側(企画)をやってみたいと思ったのと、個人的には教養祭を続けたかったなと思っていたので、できるかもと、やっぱり講演会チームにすることにしました。

集まったのは2人。他の3チームは就活でした。2人チームってあんまり無いんじゃない?と思いました。

 

▷何があった?

ゼミの時間内で決めたこととそれに関して時間外に思ったことをまとめます。

ゼミ時間内の先生からの指示は2つでした。

  1. 来週までにいつどの時間に何をするかを決めてスケジュールに入れる(個人)。
  2. 来週のゼミの時間を何に使うのかを決める。

 

1つ目は、ゼミのみんなにアンケートを取ることです。これはももかちゃんがゼミのみんなに聞くのもいいねと言ってくれて、先生もUXの考え方で企画しようとおっしゃったので、聞いてみることにしました。また、どのくらいの熱量のゼミ生が何人くらい参加できるのか確認しておくことは、講演をお願いする際に必要な情報かなと思ったので、事前に聞いとこうかなと思いました。なので、月曜日までにゼミ生に聞きたいことを出して、フォームをつくって水曜日を目安に配布しようと決めました。

 

2つ目は、第1回目何やるのか会議(講演をお願いする方に説明できるように、その回でどんなことを学びたいの?を考えよう)です。これもまた、ももかちゃんが1ヶ月の流れを考えようと言ってくれて、かなり大まかにしか話してませんがこうなりました。実際に進めていくと全然予定通りにはならないと思うので、そこは臨機応変に、逆に、計画がずれたことによって、しれっとサボらないように気をつけないとなと思っています。サボるサボらないの基準として、「質問をしているか」ということにしようと思います。つまり、疑問に思わないということは考えていないということにしようと思います。なので来週は、いろいろイベントをつくっていらっしゃるモリタ先生に、どういう風に企画されて、進めていらっしゃるのかを大まかにでも聞きたいなと思います。

個人的には、講演会を開くことというよりも、場作りのプロセスを学びたいというのが、今の目的かなと思います。今回に関しては、時間をつくって参加してくださる方がいるので、グダグダな感じで当日を迎えるみたいなことは避けたいです。なので、わからないことは必死に考えて自分たちでなんとかしようとするというよりも、先生に助言を求めて、それについて考えることで進めていくやり方がいいのかなと思っています。

 

▷今後何をする?

今週も始まりました。皆さん、やることblogに書きましょう。スケジュール帳にはどこの何時から何時で何やるかまだ書くこと。
ESとかにどのくらい時間かかるかわかんない人はこれから大変になります。時間決めて試す。学びながら修正する、です。

やることも「目的と数値」もあるといいね。何を目的にやるのか、どのくらいやるのかの目安、です。

 先生からこんなメッセージがきたので、もっと細かく決めていきたいと思います。

 

日曜日:人と会う約束と終わらせないとだめなことがあるので、多分作業できない。

月曜日:午後は全て講義。夜は飲み会。考える作業を午前中と講義と飲み会の間に。

火曜日:午前に講義。午後から夜までインターン。終わったら聞くべきことを洗い直す。

水曜日:午前に買い出し。午後から夜までインターン。フォームつくる。ほどほどに徹夜作業。配布できないかもな。

木曜日:午前は全て講義。夜ミーティング。この日までには配布したい。

 

こんな感じでしょうか。